木の板張りの駅のホームから列車の去っていくカーブを臨むと、5本の煙突がそれぞれ格子状の扉とも窓とも似つかぬガラスの際を掠めて突き出した長屋のような建物の横に、二階建ての木造住宅が今にも音を立てて崩れそうな格好で構造を歪ませているのが視界の隅に入る。最果てに来たのだという感が込み上げてきた。
ホームの中ほどに設けられた出口からのびる短い階段を降りるとすぐに駅前広場があった。広場といっても雨風をしのげるような待合室などは見当たらず、すっかり色褪せた赤・黄・白・青の一連のベンチと「日本最東端の駅 ひがしねむろ」の木柱が置かれているだけで、日本の端の駅を名乗るにはあまりにも華奢で寂しい。駐車場のはずのスペースに白線はなく、その背後には笹薮が迫っていて、風が吹くとザラザラと音を立ててこちらにお辞儀をする。駅に接する為だけにぎこちなく彎曲した細道と駅との境界線は、その舗装の有無のみによって定められているようであった。
東根室駅。東の果てという感慨深い場所のはずなのにあまりに荒涼としすぎて、私はすぐに帰りたくなった。さきほど見送った列車は30分後に一駅先の根室駅から折り返してくるはずなのだが、列車は定刻になってもこの侘しい駅にすがたを見せない。訝しがってホームに掲げられた掲示板を確認すると、時刻表の横に”線路集中メンテナンスに伴う 一部列車の運休とバス・タクシーによる代行輸送について”という題でA4サイズの紙が貼ってあり、それによると今日からの4日間は昼間の列車を全て運休させるとのことだった。30分後だと思っていた列車の代替はなんと2時間半後のタクシーである。さっさと折り返して終わりだと思っていたら、予期せぬ待ちぼうけを食らってしまった。
こういう時に限って足を折っているので駅の周辺を徘徊することも叶わない。事前のサーチ不足を呪った。本を読むなりして過ごしていると、「果て」の趣に魅入られたであろう者たちが時折車でやってきては吹きさらしの木柱だけを撮って帰っていく。松葉杖とリュックとで三色団子の位置を占領して居座る私は、彼らにとってはさぞ目障りなことだったろう。
10:32、タクシーは無事にやってきてくれた。鉄道と違ってバリアフリーではないから乗車にも一苦労する。既に一人の先客がおり、私は運転席すぐ後ろの右側の席に腰を下ろした。助手席にはおおよそ営利企業から発されたとは思えないような腑抜けた文言が掲げられていた。だから赤字が膨らむんだぞと物申したくなる。
駅をようやく脱したあとは西和田、昆布盛、落石、別当賀と各駅に律儀に立ち寄り、1時間ほどの乗車で厚床駅に帰ってきた。途中それぞれの駅で都度運転席から降り、腰を曲げたまま駅舎へ客の有無を確認しに向かうおじいさんの背中が印象に残った。
下車時、運賃は厚岸か釧路で支払えばいいですかと運転手に問うと、「いや、料金はタダなので」とあっさり返されて戸惑った。無賃乗車には特別の罪悪感を抱く性格ゆえ、車に乗り替えて厚岸駅へ直行した。「代行タクシーで東根室駅から厚床駅まで乗りました」と千円札を窓口氏に差し出すと怪訝な顔をされて、ああ、とそれだけ言われて30円のお釣りを渡され、私の最東端の駅への旅は終わった。東根室駅は2025年の3月いっぱいで廃止予定である。