人間の脳だけで全ての記憶を保持することは不可能だ。だからこそ過去を振り返る時には日記が役に立つ。過去の自分が残した文は、時を超えて忘れ去られし情景を今に蘇らせてくれる。

47都道府県踏破のすがら、私の東北・北海道との出会いは、福岡市内→稚内という長距離片道切符を使ってのものだった。コロナ禍の2021/02/24から2021/03/24までの28泊29日という長旅で、往路は切符の通り福岡から東京まで新幹線、東京以北は在来線を乗り継いで日本最北の都市稚内を目指した。

当時の自分が律儀に日記を残してくれていたおかげで、当時の旅の姿勢や初めて訪れる北方の大地が自分の目にどう映っていたのかが伺える。今や北海道に慣れ親しんでしまったが、初心の自分はどうだったか。29日間全ての内容を載せると長すぎるので、その内仙台から稚内、稚内から北海道周遊までの部分を前後編に分けて原文のまま載せようと思う。知識も経験も不足していた頃なのでところどころ首を傾げたくなる点があるかもしれないがご容赦願いたい。文章も結構長いし、日記のため拙い。北海道紀行の方の進捗はほぼない。

2/27(土) 曇

―仙台に着いて、東日本を訪れたら試そうと思っていた、醤油の味比べをしに吉野家へ行った

東日本の醤油は味が濃いということは知っていたので吉野家の味も濃いのかと思いきや西日本のと全く変わらなかった

微妙に落胆しつつ地下鉄に乗り仙石線を経由して松島海岸駅で下車

本来は山形の立石寺に行く予定であったがコロナの影響で営業時間が16時までになっており最寄りの山寺駅に着く頃には閉まっている。なので伊達政宗が再建した瑞鳳殿を訪れようかと思っていたがそれも東北を訪れる1週間前に起きた地震の影響で柱が損傷し臨時休業していたため松島を見ようと思い立ったのである

松島を訪れた率直な感想であるが日本三景と謳われる所以が理解しがたかった

コロナで駅近くの展望台が閉鎖されていたため双観山に登って松島を眺めた

日暮れだったため気温は当然のように2℃

島々を一望した後は凍える手を温めながら仙台に戻った

仙台で知り合いと会い、仙台名物の牛タンをご馳走になった

ホテルの浴場はいい湯加減でまだ何とか疲労の蓄積を最小限に抑えられている

2/28(日) 晴

疲労が溜まっているという意識はないがやはり身体は正直なのか、前日まで6時台には目が覚めていたのにこの日は8時半に目が覚めた

仙台を離れ一ノ関駅を目指す

一ノ関で荷物を預けたのち気仙沼行きの列車に乗って猊鼻渓駅で下車

川下りの乗船前に鮎の串焼きを予約した

船には4人ばかりの子供の他カップルや還暦を過ぎたであろう老人達が乗っていた

餌やりもできるので子供達がはしゃいで鴨に餌をやっていた

折り返し地点に着くと船から降りて20分程の散策ができる

5個100円の石を投げて天然の崖の空洞に入れば願いが叶うそうであったので試してみたがなかなか入らない

結局200円10個を投げても入らなかったので諦めた

帰路も往路のように語りが中心であるが、船頭さんがげいび追分という地元に伝わる唄をうたってくれた

しんと静まり返る谷に響く歌声はとても風情があった

90分の優雅な時間を過ごした後は頼んでおいた鮎の串焼きを食べ、猊鼻渓駅で駅ノートを眺めつつ書きつつポケモントレインを見送りつつして夕日に照らされる一ノ関行きの列車に乗り込んだ

一日が短く感じる

夜はヒレカツを頂いた

ホテルから見る夜行列車が通らない東北本線のかつての栄光に思いを馳せた

3/1 (月) 晴

朝が来る度疲労の蓄積を感じる

盛岡行きの列車の乗客が多いと感じたが今日から18切符シーズンが始まっていた為だと気づいた

10分弱の乗車の後平泉駅で下車

東北の駅百選に選ばれているだけあり風格があった

コインロッカーに荷物を預け、中尊寺へ向かう

まあまあな勾配の坂を登り、讃衡蔵で文化財を拝見

入口すぐにある三体並んだ仏像は思わず手を合わせたくなるほど神々しかった

のち金色堂を拝観

螺鈿や紫檀を施された御堂は圧巻であった

移動時間含め3時間程の滞在を終え、ロングシートの列車で盛岡を目指す

盛岡では名物の冷麺を食べた

食事を済ませ、風光明媚な車窓で知られる花輪線に乗車

北の方だということもあってか積雪量が尋常ではない

松尾八幡平駅から安比高原駅までのかつて龍ヶ森越えと呼ばれた急勾配をキハ110は軽快に登ってゆく

安比高原まではかつて機関車3両を併結して登っていたそうだ

この駅の標高は花輪線最高の標高504mである

安比高原駅を過ぎると列車は下り坂を駆け下ってゆく

乗客はみるみる減っていき、鹿角花輪駅に着く頃には自分一人になっていた

しかし風光明媚な路線と言われる所以を肌で感じる

広大な雪原や急な峠を疾駆する車窓は変化に富んでいて全く飽きない

優雅に景色を眺めながらふとTwitterを開いた

―明日のJR北海道の列車が全て運休するらしい

最も恐れていたことが起こったのだと悟った

景色を眺めているどころではない

弘前駅につくなり一度改札を出て(弘前城に行こうと思っていた)札幌のホテルにキャンセルの電話をした

明日中に北海道に入れないとなれば青森で泊まるホテルも探さなければならない

新幹線の指定席も買い直さなければならない

糠南にも行けなくなるかもしれない

色々な思考が行動を鈍らせる

とりあえず落ち着こうとミスドに駆け込む

幸い青森駅の近くにホテルはあるようであったので安心した

弘前城も明日行けばいいと思い時刻表を見遣ると4分後に発車する模様

落ち着いている暇などなく急いで切符を購入し列車に駆け込んだ

日が沈むにつれ暗澹とした気持ちになる

漠然とした不安が全身にのしかかる

青森駅に着いた

雨であった

ホテルにチェックインし、定食屋で唐揚げを食べたあと新幹線の指定席の変更をしに青森駅へ向かった

しかし、過去に一度変更をしていたため一度払い戻さなければならないとのこと

最初は手数料340円と言われたが出発の前日であるため1350円(切符料金の3割)に手数料が跳ね上がった

断るわけにもいかないので承諾し時間の変更をした

今日は色々疲れた

明後日迄に列車が復旧するかどうかしか頭にない

日高本線にも乗れなくなるが青森ののっけ丼が食べられるのでまあよしとしよう

3/2(火) 雨

北海道の列車が動いていないため青森に足止めされている

どこへ行こうか

元々弘前に行く予定ではあったが雨が強かったので弱くなるまでと思い駅前の商店に入った

店員さんは愛想が良く林檎の品種の違いを教えてくれたり菓子の試食をよく勧めてくれたりと旅人に良く接してくれた

とりあえず林檎ジュースと亀吉という日本酒を実家に郵送して夜の再訪を伝えて一旦店を出た

依然として雨は強い

そうだ、八甲田丸を見に行こう

かつて青函連絡船があった時代に使用されていた船の中に入れることは知っていたので行くことにした

入場料は大人510円

中は歴史館になっており明治や大正などの暮らしが写真や人形を使って説明されていた

歴史好きな自分にはそそるものがあった

歴史館を抜けると甲鈑、運転室と続いていく

道中洞爺丸事故の説明もあった

運転室の見学が終わると4階から1階までエレベーターを使って移動する

そこにはかつて使われていた国鉄の車両が並べられていた

何気にJNRのロゴが入った車両を見るのは初めてであるため歴史を身近に感じられたのか不思議な感動が身を包んだ

船を出ても未だ雨はしきりに降っていたため諦めて弘前に行くことを決意

弘前も勿論雨であった

気温が7℃あるため雪に変わることは無い

弘前城に向かう途中には雨を含んでツルツルになった雪が道を覆っている箇所がいくつもあり何度転びかけたか分からない

弘前城に着く

本丸がどこにあるか分からないのでとりあえず歩く、歩く、歩く

とりあえず東側から入ったが城内の道の酷さたるやまともに歩けたものではない

人気が全くないのも頷ける

除雪車が通りさらに酷くなった道などを四苦八苦しながら歩いていると本丸があった

といってもその時の自分はそのあまりのスケールの小ささにまさかこれが本丸と思わずに素通りしてしまうわけであるが

傘もささず2時間以上歩いているので手はかじかみコートは濡れ体力は相当消耗していた

急ぎ足で駅まで戻り明日の北海道の列車が動くのかどうかを只管に調べ続ける

幸い函館線は動くようなので明日札幌には行けることが確定し安堵した

青森駅に帰ってきて朝訪れた店にまた入る

そこで小一時間程世間話を交わしたのちホテルへ

ホテルが予想以上に駅から遠かったので自ずと食事処の選択肢が狭まる

近くには居酒屋が1軒、焼肉屋が2軒、居酒屋っぽい雰囲気の店が1軒あった

Googleマップでクチコミを見て焼肉屋に行くことを決意

しかし、臨時休業のようでどちらの店も閉まっている

再度マップを開き、居酒屋っぽい店のクチコミが良く、評価も高かったのでそこに行くことにした

身をかがめないと入れない戸(くぐり戸)をくぐり、一瞬躊躇いつつも2つ目の扉を開けると若い男性が目の前に現れ正座をした

「ご予約でしょうか」「いえ、していないですすみません」予約制なのだ、と思い店から出ようとすると予約なしでもいけるとのことで入店

店内は薄明かりで暖かい雰囲気であった

一番端の席に案内される

まず通しが出てくる

さよりと鯛ヒレである

炭火で焼いてとの事

小鍋も出てくる

来る場所を違えたか

とりあえず酒を頼む

蒼川と言っただろうか

しかし1合も在庫がないそう

それならばと津軽衆にする

慣れた手つきで注がれる酒

おすすめの品書きが持ってこられる

380円で海老、帆立、サーモン、鯛、〆鯖の刺身が食べられるとのこと

迷わず注文

写真でよく見るような桶に氷を敷き詰めその上にネタが乗っている代物だ

いよいよ興奮する

まずは鯛を口にする

続いてサーモン、海老の順に

分かりきっていた事だが確信した

ここは本物だと

舌鼓を打たずにはいられない

感動していると鉢で煮ていた小鍋が出来上がる

炭火で焼いている鯛ヒレが焦げかけているのに気づき炭になる寸前で皿に移す

粗相をしないようにしつつ目の前にある料理を捌いていく

これが高級料理店というものなのだろうか

刺身盛りを食べ終わらないうちに炙り鯖を注文する

間髪入れずに野菜串のおすすめが来たのでベーコンチーズを選択

完全に酒にも雰囲気にも呑まれている

卓上は料理で埋まったので暫くはその品々を丁寧に頬張る

先程の小鍋にはタレがよく染み込んだ牛肉と白葱、海老が入っていた

しかし1品で軽く900円などというのであまり食べ過ぎないようにせねばとも思うものの料理の美味さに対する欲が抑えられず河豚の干物と天然もずく酢を追加で頼む

これがまた美味い

酒がどんどんと進む

「ここ一軒で青森県」という謳い文句につられて行った店であるがどこにも嘘偽りなどない

出てくるものはただただ洗練された逸品料理の数々

女将さんも愛想が良く世間話などをした

〆にときゅうりの1本漬けを注文

結局会計は4719円であった

しかしここで終わらなかったのが自分が感動した所以

最後に口直しにと味噌汁を無料でつけてくれ、お絞りも新しいものを一つ

外に出た際は旅の安全を願ってと、傘帽を被って火打石を打ってくれた

こんなに最高のおもてなしがあるだろうか

「有難う存じます!」客であるこちらが言いたいものだ

ぜひまた再訪したい

実に濃い一日であった

駅前の商店で買っておいた林檎ジュースを一日の〆に喉に流し込み興奮する気持ちを落ち着かせこの日記を書く

明日は愈試される大地、北海道である

3/3(水) 晴

25時に寝て6時半に起きた

青森魚菜センターにのっけ丼を食べに向かう

昨日と打って変わって快晴である

しかし如何せん寒い

気温は‐1℃

開いたばかりの魚菜センターの中もひんやりとしていた

10枚組のチケットを購入して魚市場へ繰り出す

朝水揚げされたばかりの艶やかでハリのある魚がずらりと並んでいた

とりあえず1番近い売り場で鮪を乗っけてもらう

続いてオススメされるがままにサーモン、好きでもないイカの子持ちを乗せてもらう

玉子をサービスしてもらった

チケット10枚、8種のネタを乗せてもらったが大トロ以外全てオススメされたものだ

つくづく自分は押しに弱い

乗せてもらったのは鮪、サーモン、鯛、イカの子持ち、炙りサーモン、カンパチ、〆鯖、玉子

鯛もおまけである

さすが水揚げされたばかりとだけあって弾力や柔らかさが普段口にしているそれとは比べ物にならない

予想以上に早く食べ終わったため新青森に行く列車を1本繰り上げて7:56発の弘前行きに乗車

新青森には8:01に着いた

駅前に何もないことは知っていたがとりあえず外に繰り出す

駅前はロータリーになっており、1人中年と思しき女性が路上に座っている

危ないなあと思いつつもスルーして駅前を散策

散策を終え駅舎に戻ろうとすると声をかけられ、駅で車椅子を借りてきて欲しいとのこと

言われるままに新幹線口にいた駅員さんに東口で歩けない人がいることを伝えて車椅子を手配してもらった

一応車椅子を借りられた事を伝えに女性の元へ戻った

話を聞いてみると駅に向かう手前で雪氷で滑って足首が変な方向に曲がり骨折したそう

駅員が到着し、車椅子に乗せようとするもののあまりに痛がるため断念

救急車を呼ぶことになり、到着するまでの間付き添った

自分も凍結した地面を歩くのに小慣れてきて油断していないかと気が引き締まった次第である

ましてや秘境駅でこんなことになってはたまらない

是非とも気をつけたいものだ

列車の発車時刻が近づいたためホームに上がる

遂に北海道に行けるのだと、胸が高まる

列車は定刻通り新青森駅を発車

乗客はまばらであったように思う

1時間ほどで終点の新函館北斗駅に到着

改札で函館線が動いていないので室蘭本線経由で札幌まで行くことを許可して貰えた

親切な駅員さんで助かった

雪で減便していたためか、室蘭本線経由特急北斗札幌行は7両での運転だった

初めて乗る北海道の車両は引退が近づく振り子式車両であった

乗れて光栄である

3時間半ほどの乗車で列車は終点の札幌に到着する

札幌は昨日の大雪で相当な量の雪が積もっていた

駅に降り立ち、とりあえず乗ってみようと思っていた地下鉄に向かう

札幌の地下鉄はゴム式のタイヤで動いている

ホテルが2駅先のすすきの駅だったので一々リュックを下ろすのも癪だと思い立ったまま乗車した

列車の加速力が凄く、完全に引っ張られた

鉄輪の鉄道に慣れているもので、感動してしまった

ホテルのチェックインを済ませ街へ繰り出す

ラーメンそらという店で味噌ラーメンとテリマヨチャーシュー丼を食べた

人生初めての味噌ラーメンが本場の札幌で食べることが出来て嬉しい

道中雪にあえぐ車を尻目に自らも凍結した地面で何度も転びかけながら旧北海道本庁舎を見て快速エアポートで小樽へ向かう

小樽は氷点下3度であった

マップを見ながら歩くというのはとてもではないが寒すぎて耐えられない

やっとの思いで小樽運河に着き、写真を取って小樽駅へ戻った

普通列車で札幌に戻り、ホテルで飯を探していたが、連日飯代がオーバー気味なので今日は吉野家でいいかな…と思いながら惰性でマップを見ているとジンギスカンの店が目に入った

そういえば北海道はジンギスカンが有名である

写真を見てもジンギスカン700円とお手ごろそうで行くことを決めた

のはいいもののクチコミを見ていると予約なしでは入れない、客が多いなどの文が散見されたのでとりあえず直接店に連絡を取り、入れるとのことなので急ぎ足で店に向かった

店主は中年の女性である

店はこぢんまりとした雰囲気でカウンター席のみの配置

既に3人組の男性と1人の男性の先客がいた

ソーシャルディスタンスのため、少し離れ気味の席に案内される

お目当てのジンギスカンを頼むと、直ぐに陥没式の火鉢に炭を入れ始め、金網をかけ、もやし、玉ねぎ、青ねぎと油を敷く用の豚肉の脂身を乗せた

少々の間を置いてマトン(大人の羊の肉)を入れた皿が目の前に置かれる

炭火で直接焼いて食べるようだ

早速焼いて口にする

臭みはなく、油もしつこくなくさっぱりとしていて食べやすい

これがジンギスカンなのかと感動した

日本酒も頼み、もっきり式でグラスに注がれた

ゆっくり味わって食べているうちに先客は全員食べ終わり出て行ってしまった

少し店主の方と談笑しながら食べていると会社員と思しき男性が入店してきた

最初こそ全く言葉を交わさず互いに黙々と食べていたが、次第に店主の方と3人で話が弾み、場が温まった

話を聞いていると、その方は夜空というジンギスカンを扱っている店の店主だそう

出会えて光栄だ

横目で食事をする様を見ていてやけに手馴れていると思っていたがまさか本職であるとは

話を聞いていてもやはり昨日の雪は激しかったらしく列車が運休したのも頷けた

30分程談笑したのち、場はお開きとなり解散

最後に店主の方に旅の安全を願ってもらって店を後にした

それにしても美味かった

また札幌を訪れる機会があればぜひ立ち寄りたいものだ

明日は旅の山場

転んで要らぬ怪我をしないようにしたい

3/4(木) 晴

疲れも結構溜まっていたので1度目のアラームで起きることが出来なかった。2段構えにしておかないと稚内に行けない所だった

札幌駅で足早にブランチの駅弁(寿司)を買い一日に一本しかない7:30札幌発稚内行の特急宗谷に乗り込む

夢にまで見た宗谷本線

ディーゼル式特急列車は唸りを上げてどんどん加速していく

同時刻に札幌を発車した特急と暫く並走しながら北上する

車窓は一面の銀世界

車内は結構埋まっていたように思う

岩見沢、美唄、塩狩峠を越えて和寒、士別と停まっていくうちに人は確実に減っていった

名寄までは3割程度埋まっていたと思うが名寄を過ぎると自分が乗っていた号車の乗車率は1割程度になった

宗谷本線の名寄以北が廃止されるだろうと言われるのも納得である

しかし車窓は本当に素晴らしい

過疎地域を走るからこそ、逆に家などの人工物が極めて少なくだだっ広い原野を奥まで見渡すことができるのだ

特に天塩川に沿う区間は素晴らしい

よくこんなところに線路を敷いたものだ

睡眠時間が不足していたため途中で寝落ちするかと思っていたが、あまりの景色の良さで眠るどころではなかった

こんなに風光明媚な路線が廃止されるかもしれないというのは誠に残念であり、またそれを知っていても何もすることが出来ない自分の無力さを痛感する

やがて列車は日本最北端の駅、稚内に着く

ああ、ついにここまで来たのかという達成感で満たされる

道中トラブルはあったが無事に着けて本当に良かった

無効印を押してもらい、第二の目的地である宗谷岬への券を買う

バスの窓が曇ってハッキリとは見えなかったが流氷があった

網走でも見られるといいのだが

宗谷岬は風が轟轟と吹いていた

リュックを背負って体重も増えているはずなのに気を抜くと身体が風に押されて場に留まることが出来ないほど強い

バスの車内で仲良くなった人と2人で話しているともう1人、一人旅をしている人に話しかけられた

3人で意気投合し、それから別れるまで行動を共にすることになる

一人は大学四年生で列車の旅は初めて

春から東京で就職するそう

一人は自分と同い年で大阪から稚内空港まで飛んだ後日本最北端から枕崎まで特急を使って旅するのだそうだ

旅人同士というのは惹かれ合うもので、写真を撮りあったり流氷館で凍えたりした

最北端到達証明書を発券してもらい、バスで稚内駅まで戻る

道中2人は爆睡していた

駅へ戻った後は防波堤を見に行った

ここに昔最北端の駅があったそうだが真偽は不明

汽車の車輪が置いてあったので多分本当だろう

寒さに凍えながら談笑をしつつ北の大地を練り歩く

つくづく旅というのは楽しい

大学生が乗る特急列車の発車時刻が近づく

稚内牛乳が売り切れていて、時間もないため断念(自分が乗る普通列車が来るまで2つスーパーを回ったが1つは閉まっていてもう1つの所には置いていなかった)

別れを惜しみつつ見送った後は稚内ヨーグルトを買い、18:03発の名寄行に乗って問寒別を目指す

後半へ続く