太田神社の入口に着いた時には既に日が傾いて、刻一刻と夕闇が迫ろうとしていた。
暗くならないうちに早く参拝しなければならない。上は神社の全体を写したものだがどこに本殿があるか想像できるだろうか。まず岩礁の奥に参道入口の鳥居が見える。本殿は、そこから稜線を辿った先の岩肌に空いている小さな穴の中である。
今回参拝するこの太田神社は、海に落ち込むように連なる峻険な山々の、その僅かな間隙に開かれた”日本一参拝が危険な神社”だ。本殿の標高が約340mと聞くと簡単そうに思えるが、その参道がとにかく険しいという。
町のHPでは登って帰ってくるまで最低2時間、休憩しながらだと3時間かかると記載があり、日没までに必ず下山のこと、ともあった。
同ページに本殿までの道程が写真付きで載っている(https://www.town.setana.lg.jp/sp/otajinja/article35.html)のだが、とても険しいものに見えて、私は最低でも2時間半は確保しようと考えていた。
にもかかわらず日没のちょうど2時間半前に到着するという失態である。途中寄り道しすぎたことを後悔しつつ、動きやすい服装に着替えて鳥居をくぐった。
まず現れるのが矩勾配のち51度に達する階段。もしこの神社に参拝するならば、この階段を上がった後に振り返ってみて少しでも恐怖を感じたら引き返した方がいい。上がっている最中もスリリングで、一段ごとの幅が狭いために必ず かかとがはみ出す。また踊り場がないので、足を踏み外せば最悪40mの高さから転がり落ちることになる。ロープが備え付けられている所以である。
階段を上り終えたら獣道のごとき参(山)道が始まる。
道幅は狭く人が行き違えないほどで、こちらは大きく凹んだ沢に滑落する恐れがある。錆びた鉄はしご、杭が抜けて支えにならないロープ、むき出しの根、落石の混じるザレ場などの数多の危険箇所を越えていく。
いよいよ息も上がってきた頃、急斜面にへばりつくように建てられた鳥居と女人堂が現れた。本堂ではない。女人堂とは女性用の参拝所のことだ。神道において女性は穢れとされたため、ここから先はかつて女人禁制であった。ここまででも大概険しかったが、位置としては全体の3分の1に過ぎない。
急な山道は依然続く。ロープを掴みながらでないと到底登れないような勾配と足場の連続で、そのロープの方も信用しきれずいちいち神経をつかう。景色が変わり映えしないので精神的にも苦しいものがある。
永遠かと思える道程だったが、30分あまりでみすぼらしい鳥居が見えてきた。この先が本殿のはずだ。1時間はかかると踏んでいたので少し拍子抜けした。
しかし、太田神社はここからが本番だった。
これは参道だ。たとえ断崖にあって、崖のへりに打ち込んだ基礎が劣化していたり途中の足場が崩落していても参道である。
実はこのような橋があることは登る前の段階で知っていて、その時の自分は高所にあるだけで簡単に突破できるものだろうと高をくくっていた。しかし、強度があまりにも頼りなかった。右足を踏み出す度、橋が谷底へ向けて傾くのである。地滑りによって山肌は深く抉られており、落ちたら命はないだろうと思える高所感があった。
これにはさすがに狼狽して、本殿への到達は諦めて引き返すことにした。
しかし途中で引き返すことが大の苦手なので再度戻った。落ち着いてよく観察すると、基礎は粉砕されているものの、崖の上からロープが括り付けられることで吊り橋のようになっていることに気づいた。それならと思い命と対話しながら16mの橋を渡った。
渡りきるとそこには最後の難所、もはや道ですらない北尋坊の崖と呼ばれる高さ7m(ビル3階相当)の岩壁がそそり立つ。ここを指して、太田神社への参拝をSASUKE参拝と評する人もいる。
リングチェーンが5本とロープが”垂れ下がって”おり、今も落石が続く岩がオーバーハング状にせり出している。これをよじ登った先が本当のゴールだ。なぜこんなところに本殿を建てようと思ったのだろう。
下が固定されていないために中腹あたりでは宙に浮いた感覚になる。ただ、あの橋の後では恐怖もそこまで感じなかった。個人的に一番の難所は橋だと思う。
麓から登ってくること約50分で、なんとか死なずに岩窟まで辿り着くことができた。雨水の滴る2畳ほどの空間には、太田神社の本殿がすっぽりと収まっていた。
麓から見上げていた場所に佇む。斜陽に照らされた日本海と山肌が青々と映えている。命に挑戦した者だけが拝める素晴らしい景色だ。
達成感に満ちて参拝した。五体満足で帰ることだけを願った。
しかし行きはよいよいとはよく言ったもので、急勾配の参道は下りの方が恐ろしく感じた。体力的なきつさはないものの、踏ん張りが効かずに何度も滑落しかけた。慎重に駆け下ること30分、手をボロボロにしながらも無事麓まで戻ることができた。二度とは来ないだろう。
参拝中、死がすぐそばにいることへ恐怖、人間が生きることの弱さをひしひしと感じた。昔の人もこうして死を自覚することで命のありがたみに感謝しようとしたのではないだろうか。ここは北海道最古の神社であると同時に道南五大霊場の一つでもある。心頭滅却、身近な死に触れる体験をしたければぜひ太田神社への参拝をおすすめする。